川岸工業株式会社KAWAGISHI BRIDGE WORKS CO., LTD.

会社案内

    

良 い 品 質

低 い 原 価

早 い 仕 事

代表挨拶・川岸100年の歩み

 社長挨拶

明治39年、川岸工業所として創業以来110有余年を過ごしてまいりました。この間、鉄骨事業では、確固たる基盤を築くことができました。また、新たに着手いたしましたプレキャストコンクリート事業は地歩を固めつつあります。ひとえに皆様のご指導、ご鞭撻の賜物と深く感謝申し上げます。今後も小成に安ずることなく、新たなる可能性に挑戦し続けます。

代表取締役社長 金本 秀雄

 川岸110年の歩み

川岸工業の歴史は深く、設立は明治39年、創業110有余年になります。昭和の終わりに発行された古い広報誌に載っていた、草創期の物語をご紹介致します。これは当時の千葉第一工場の吉田清氏が書いた、川岸工業の草創期の物語「川岸八〇年の歩み」を編集したものです。

初代社長と二代目社長

昭和60年3月発行の「TK広報 第3号 川岸八〇年の歩み」より

TK広報

じめに

主人公は初代社長の川岸太一郎氏(T.K)、二代目社長の川岸重義氏、三代目川岸文子氏、四代目工藤栄氏です。川岸工業草創期から日中戦争、第二次世界大戦、そして朝鮮動乱と、めまぐるしく変遷する環境の中での波乱万丈のストーリーです。

岸組

時代は明治39年までさかのぼります。初代川岸太一朗氏(T.K)は、奈良県五条出身、大阪の九条の長政(清水次郎長のような人物だと想像されます。)の門弟になり、後に筆頭子分になったそうです。

明治39年3月、川岸組を組織し鉄工業を営むことになり、大正から昭和の初めにかけて、放送局の鉄塔、鉄道の橋梁、石油タンクの現場組立工事、国会議事堂なども手がけました。この原作を書いた当時の千葉第一工場の吉田清氏は、「川岸組」と染め抜かれた揃いのハッピ姿は壮観だったことでしょう。と思いを馳せてます。

悲願の九州進出、二代目の突然の

技術力と生産力を次第にあげ、四国近畿から北は新潟まで仕事の範囲を広げていき、念願だった九州へ海軍航空隊格納庫の工事で進出。その後、現新日鐵住金、現九州電力の鉄骨工事を受注。九州出張所を設立し、工藤栄氏(川岸太一郎の娘婿)が所長になりました。一躍九州の雄となり、既に西日本に本拠を構えていたカゴトラ、カジタケと並んで三羽烏と言われるまでになりました。

昭和16年初代太一郎死去によって、長男の川岸重義氏(現会長川岸隆一氏の父)が二代目を継ぎました。昭和22年、株式会社組織とし、翌23年、不慮の交通事故で死去、同婦人の川岸文子氏が代行をとることになりました。重義氏は、生駒山麓を走る近鉄電車に乗車中、花園駅近くで突然電車が暴走、同氏は電車を停めるべくハンドブレーキのある車両に走ったが、下り坂で加速した電車は衝突してしまったそうです。

社風三原則

一体あなた方は処の何者ですか?

昭和24年九州戸畑に本社を移し、鉄骨工場を建設、工場加工を始めました。年末の27日、九州電力の大分発電所が火災で崩壊したとき、九州電力は復旧を急ぎましたが、正月休みを控えてその復旧に1ヶ月以上必要ということでした。ある日九州電力のA氏が現場にでてみると、得体の知れない集団が既に補修工事を行っていました。

A「あなた達は何をしているのかね。」K(工藤栄氏)「この鉄骨は修繕して使うのでしょう。」A「そうだが一体あなた方は何処の何者ですか?」K「一週間で元通りに直しますよ。」A「まだ工事費の取決めもしてないんじゃが。」K「お金はいりませんよ。」それから正月をはさんで1週間、復旧作業は完了しました。これがきっかけになって、九州電力の鉄骨をほとんど請け負うようになったそうです。

フロンティア精神と草創期の

これまで川岸文子氏を支えてきた工藤栄氏が昭和27年社長に就任、西日本の建設を殆ど独占するようになり、当初至難とされていた朝鮮向け特殊鋼桁製作工事では当時一流の技術を発揮し、朝鮮、フィリピン向け輸出プラントなどで質量共に実績を積み、工場設備を更新拡大、東京に川岸鉄工(株)を設立、仙台工場を設置し、東北、北海道の建設に着手した。以上川岸の歴史は古くフロンティア精神と草創期の血流は現在の川岸工業にも脈動しているようです。

アクセス

 本社・東京支店

  • 川岸工業株式会社 本社・東京支店
  • 〒105-0021 東京都港区東新橋1丁目2番13号
  • TEL : 03-3572-5401 FAX : 03-3572-3539
  • soomu-03@kawagishi.co.jp
  • JR新橋駅・汐留口(ゆりかもめ側)より第一京浜を横断し右折(徒歩3分)
    地下鉄銀座線・浅草線「新橋駅」より徒歩4分
    地下鉄大江戸線「汐留駅」より徒歩5分
    1階が駐車場&ラーメン店(呑龍)
アクセスマップ

 西日本支店

  • 川岸工業株式会社 西日本支店
  • 744-0061 山口県下松市葉山2丁目904番30(葉山工業団地)
  • TEL : 0833-47-0330 FAX : 0833-46-0021
  • nishinihon.soumu@kawagishi.co.jp
  • JR岩徳線「周防久保駅」より徒歩29分

会社概要・組織図

 会社概要

商 号 川岸工業株式会社 KAWAGISHI BRIDGE WORKS CO.,LTD.
創 業 明治39年
設 立 昭和22年3月22日
役員
代表取締役会長 川岸隆一
代表取締役社長 金本秀雄
専務取締役 高梨雄介
取締役 松本正憲
取締役(社外) 清時康夫
取締役(社外) 森田祐司
取締役(社外) 曽田弘道(独立役員)
常勤監査役 河原正孝
監査役(社外) 工藤健二(独立役員)
監査役(社外) 野坂哲嗣
執行役員 満足茂樹
執行役員 村上達也
執行役員 波川智明
資本金 955百万円
営業品目 鉄骨の製作・施工
建築用プレキャストコンクリート製品の製造
生産能力 月産8,500トン(鉄骨)
月産1,300㎥(プレキャストコンクリート)
従業員 249名
本 社 東京都港区東新橋1丁目2番13号
TEL:03(3572)5401
FAX:03(3572)3539
支 店 東京支店 西日本支店
工 場 千葉第一 千葉第三 山口 岡山 大阪 筑波
子会社 川岸工事株式会社 川岸プランニング株式会社
建設業者登録 許可番号:国土交通大臣許可 (特・24)第2581号
種 類:土木工事業、建築工事業、とび、タイル・れんが・ブロック工事業、鋼構造物工事業、機械器具設置工事業
建築士事務所 川岸工業株式会社一級建築士事務所
登録番号:第37440号
主な取引銀行 りそな銀行 みずほ銀行 千葉興業銀行 三菱東京UFJ銀行
上場市場 東京証券取引所第二部
証券コード:(5921)

 組織図

組織図

会社沿革

 会社沿革

明治 39年 川岸太一郎が川岸組を大阪に設立
昭和 11年 福岡県戸畑市(現北九州市)に出張所を設ける
22年 大阪市に川岸工業株式会社を設立
33年 本社を福岡市に移転
36年 川岸鉄工株式会社を合併、東京支店を設置
37年 東京証券取引所市場第二部および福岡証券取引所市場に上場、
東京都中央区に本社を移転
37年 山口県徳山市(現周南市)に徳山工場を新設
38年 千葉県柏市に千葉第一工場を新設
41年 大阪府羽曳野市に大阪工場を新設
42年 大阪支店および広島支店を開設
43年 千葉県柏市に千葉第二工場を新設
44年 本社を東京都港区に移転
45年 千葉県東葛飾郡沼南町(現柏市)に千葉第三工場を新設
46年 千葉県市原市に市原工場を新設
50年 岡山県笠岡市に岡山工場を新設
60年 千葉県山武郡松尾町(現山武市)に千葉第五工場を新設
60年 川岸工事㈱を設立
平成 3年 茨城県結城郡千代川村(現下妻市)に筑波工場を新設
平成 5年 市原工場を閉鎖
11年 山口県下松市に山口工場を新設、徳山工場を閉鎖
12年 千葉第二工場を操業中止
13年 千葉県柏市に川岸プランニング(株)を設立
15年 山口県下松市に中国支店を開設、広島支店を広島営業所と改称
23年 千葉第五工場を閉鎖
25年 広島営業所閉鎖、大阪支店を中国支店に統合
26年 中国支店を西日本支店と改称

品質管理システム

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品質システムは事業の中枢神経です。当社はISO規格に基き品質保証の仕組みを形成し日々改善を図っております。
登録証